終盤に落ちないという「第4の能力」― レース後半の失速はどこで決まるのか

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30kmまでは計画どおりだった。なのに、そこから何かが噛み合わなくなる。練習では出せていたペースが、同じ心拍でも出ない。
結論を先に
長距離の能力は長らく、VO2max・維持できる強度の割合・ランニングエコノミーという3本柱で説明されてきました。ただしこの3つは、いずれも「元気な状態で測った値」です。
近年になって、この前提そのものが問い直されています。3本柱の値は長時間走るうちに低下していき、その低下の大きさに個人差がある。そして低下しにくさは、元気なときの3本柱の値からは予測できない。だから4つ目の独立した能力として扱うべきだ、という考え方です。これを生理的レジリエンス(physiological resilience)、あるいはデュアラビリティ(durability、持ちこたえる力)と呼びます。
先に要点をまとめます。
- 終盤の失速は「気持ちの問題」でも「単に体力が足りない」でもなく、測定できる生理的な低下として起きている
- 低下の程度は個人差が大きく、元気なときの数値では予測できない
- 鍛えられる可能性は高い。ただし決定的な縦断研究はまだ無く、現時点では手がかりの段階
- 実践的な手がかりは、長期間の継続、90分を超えるロングラン、そして筋力トレーニングに集まっている
「スタート地点の値」だけでは説明しきれなかった
長距離パフォーマンスの古典的な枠組みは、Joynerモデルと呼ばれます。
Jones AM, Kirby BS. (2025) Physiological Resilience: What Is It and How Might It Be Trained? Scand J Med Sci Sports, 35(3): e70032. PMID: 40024804
この論文の著者Andrew M. Jonesは、まさにこの「第4の次元」を提唱した本人です。彼らはJoynerモデルをこう書き表します。
マラソン速度 = VO2max × 維持できるVO2maxの割合 × 60 ÷ ランニングエコノミー
たとえばVO2maxが75 mL/kg/min、エコノミー(酸素コスト)が200 mL/kg/km、レース中に85%を維持できる選手なら、時速19.125 kmで2時間12分24秒という計算になります。別の組み合わせ、たとえば80 mL/kg/min・180 mL/kg/km・80%なら1時間58分41秒。同じタイムに、複数の異なる生理的プロフィールから到達できることを、この式はうまく説明します。
この枠組みが揺らいだ舞台が、2017年のNike「Breaking 2」でした。世界トップの長距離選手17名を生理学的に評価し、2時間切りの可能性がある3名を選抜したプロジェクトです。
Joynerモデルによる予測タイムは、選手たちの自己ベストとよく相関していました。ただし、モデルはわずかに過大評価する傾向がありました。予測された「出せるはずのタイム」に実際に到達できたのは、3名のうちエリウド・キプチョゲただ一人です。
彼はその後、2017年モンツァで2時間00分25秒、2019年のINEOS 1:59チャレンジで1時間59分40秒を記録します。2015年以降のマラソンにおける彼の圧倒的な強さを、3本柱だけでは説明しきれない。ここから「もう一つ因子が要る」という提案が生まれました。
「どれくらい落ちるのか」は人によって3倍違う
では、長時間走ると実際に何がどれだけ落ちるのでしょうか。
Jones らがレビューで引くUnhjemのデータでは、VO2maxの70%に相当する速度で1時間走らせたとき、相対的な強度(同じ速度が、その人にとって何%の負荷になるか)の変化は次のようになりました。
- 鍛錬ランナー(VO2max 約64 mL/kg/min): 2.6%
- 活動的な一般成人(同 約50): 8.3%
同じ1時間、同じ相対強度で走り出しても、終わるころの「きつさ」の増え方が3倍以上違うということです。走り始めの数値だけを見ていては、この差は見えません。
自転車競技には、さらに直接的なデータがあります。Galloらの研究では、疲労のない状態で5分間・20分間に出せる仕事量を比べると、トップレベルのプロ選手とエリートジュニアの間にほとんど差がありませんでした。ところが、最大50 kJ/kgのエネルギーを消費するライドを挟んでから同じテストを行うと、ジュニアの成績は急激に落ち、プロはほぼ変わりませんでした。
つまり、フレッシュな状態のテストでは両者は「同じ選手」に見えるのに、疲れた状態では別物になる。レースが決まるのは後者の局面です。
何が「落ちにくさ」と結びついていたか
では、落ちにくい人は何を持っているのでしょうか。この問いに正面から取り組んだ新しい研究が今年出ています。
Malinen T, Matomäki P, Uusitalo A, Kyröläinen H, Nuuttila OP. (2026) Determinants of Physiological Resilience Among Recreational-To-Competitive Endurance Runners. Scand J Med Sci Sports, 36(7): e70349. PMID: 42489243
ランナー33名(競技者15名・市民ランナー18名)に、換気閾値(VT1)の約90%の強度で約2.5時間走ってもらい、その最中と直後にVO2max・最高速度・換気閾値・ランニングエコノミーがどれだけ劣化するかを測っています。なお以下の数値は、本論文が公表している主要な結果から引いています。
主な関連は次のとおりでした。
- 最高速度の低下が小さい人ほど、VO2maxが高く(r = 0.37, p = 0.04)、最大無酸素走テスト後の血中乳酸が低い(r = −0.37, p = 0.03)
- 換気閾値の低下が小さい人ほど、VO2maxや各閾値速度が高い(r = 0.37〜0.52)
- エコノミーの低下が小さい人ほど、脚伸展筋の最大随意筋力(MVC)が高い(r = −0.40, p = 0.02)
最後の項目が、この記事でいちばん実用的な手がかりです。持久的な指標ではなく「脚の最大筋力」が、終盤のエコノミー維持と結びついていました。
誤読しやすい結果がひとつあります
同じ研究で、「もともとエコノミーが悪い人ほど、エコノミーが落ちにくい」という関係も出ています(r = −0.49, p = 0.004)。市民ランナーのほうがエコノミーの劣化が小さかった、という結果も同様です(p = 0.042)。
これは「効率が悪いほうが有利」という意味ではありません。下げ代の問題です。すでに効率が良い選手は、そこから維持すべき水準が高く、少しの悪化も数値に表れます。効率が悪い選手にはもともと落ちる余地が少ない。いわば天井と床の効果であり、優れたエコノミーが不利になるわけではないことは、押さえておいてください。
また、この研究は相関を見たものであって、因果を示したものではありません。「筋力を上げれば落ちにくくなる」とは、この研究だけからは言えません。
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