走ると出るわき腹の痛み ― 有力な説が、実測で一つずつ消えた

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中盤で右のわき腹が刺すように痛くなって、ペースを落とした。呼吸を深くしても、手で押さえても、結局は緩めるまで消えなかった。「横隔膜が酸欠になっている」と教わったが、それなら呼吸を整えれば治るはずではないか、と毎回思う。
結論を先に
この痛みについて、はっきり言えることが三つあります。
- ありふれている。 ランニング大会の参加者のおよそ5人に1人が経験し、そのうち42%が「レースに影響した」と答えています
- 有力だった説は、実測で潰れている。 「横隔膜の酸欠」も「腹筋のけいれん」も、直接測った研究で否定されました
- 残った説はあるが、確定していない。 現時点で最もよく説明するのは「腹膜の摩擦」ですが、総説の著者自身が「speculative(推測の域)」と書いています
そのうえで、予防に使える事実はあります。しかもそれは「何を食べたか」ではなく、「どれだけ入っているか」と「浸透圧」でした。
今回は、この痛みをめぐる25年分の実験を、説ごとに追いかけます。
この痛みには、ちゃんと名前がある
Exercise-Related Transient Abdominal Pain(ETAP)、運動誘発性一過性腹痛。日本語では「わき腹の痛み」「横っ腹」、英語では "stitch"(ステッチ)と呼ばれてきたものです。
シェイクスピアや大プリニウスの著作にも記述があるほど古くから知られていながら、20世紀前半に何本か研究が出たあと、およそ50年間まったく調べられませんでした[1]。本格的に手がつけられたのは2000年前後からです。
その口火を切ったのが、オーストラリアのDarren Mortonらによる965人・6競技の調査でした[2]。
過去1年間にETAPを経験した人の割合は、こうです。
| 競技 | 経験率 | 人数 |
|---|---|---|
| 水泳 | 75% | N=103 |
| ランニング | 69% | N=439 |
| 乗馬 | 62% | N=100 |
| エアロビクス | 52% | N=126 |
| バスケットボール | 47% | N=121 |
| 自転車 | 32% | N=76 |
全体では61%。そしてこの並びには、意味があります。
年齢など他の要因を統計的に統制すると、ランニングは自転車の10.5倍、乗馬は9倍ETAPが起きやすくなります[3]。ランニングと乗馬に共通し、自転車にないもの。それは「体幹が伸びた姿勢で、上下または回旋方向に繰り返し揺さぶられること」です。
自転車は体幹を屈曲させ、上下動がほとんどありません。水泳は体幹を伸ばして回旋を繰り返します。この軸で並べると、順位はきれいに説明できます。
実際のレースで測ると、14kmの市民マラソンでは参加者848人のうち27%が大会中にETAPを経験しました。ランナー30%に対しウォーカー16%(p<0.01)[4]。他の大会でも10kmで21%、67kmのウルトラで19%と報告されており、総説は「参加者の約5人に1人」とまとめています[1]。
そして経験者の42%が「レースに影響した」と答えています[4]。
「どこが、どう痛むか」は、驚くほど揃っている
ここが重要な足がかりになります。
600例近くを調べた結果、この痛みの現れ方は人によっても競技によってもほとんど同じでした[2,3]。これは「ETAPはいくつかの別々の症状の寄せ集めではなく、単一の病態らしい」ことを意味します。つまり、原因も一つのはずです。
揃っている特徴は次のとおりです。
- 約80%が「限局している」(漠然と広がるのではなく、ここ、と指させる)[2,4]
- 部位は肋骨の下縁に沿った腹部の中〜上部が最多。右が左の最大2倍[1,4]
- 痛みの性質は強さと対応する。 軽いときは「けいれん様・鈍痛・引っぱられる感じ」、強いときは「鋭い・刺すよう」[2]
- 肩先の痛みを伴うことがある。 1951年の報告では123人中28人(23%)、Mortonらの調査では14%が報告し、ETAP経験者は肩先の痛みも報告しやすい(r=0.14, P<0.01)[2,5]
- 若いほど多い。 20歳未満の77%に対し、40歳超は40%[3]
- 性別・BMI・体型とは関係しない[3]
- 頻度は高くない。約半数が「練習の10%未満」、82%が「20%以下」と答えています[2]
最後の「肩先の痛み」は、地味に見えて手がかりとして強力です。肩の先端の領域は、横隔神経が支配する組織から痛みが飛んでくる先(関連痛の投射先)だからです[1]。つまりETAPを起こしている組織は、横隔神経の支配領域と関係している可能性が高い。
ここから、犯人探しが始まります。
説1: 横隔膜が酸欠になっている ― 実測で消えた
1941年、Cappsが提唱した最も古い説です[1]。走ると横隔膜が働きづめになり、血流が追いつかず酸欠になる。横隔膜は横隔神経に支配されているので、肩先の痛みも説明できます。
一見よくできています。
しかし、直接測ると成り立ちません。
2006年、Mortonらはこの痛みが出やすい28人をトレッドミルで走らせ、うち14人が実際に発作を起こしました。痛みが出ている最中に、フローボリューム曲線を測ったのです[6]。
横隔膜が酸欠で機能不全に陥っているなら、まず吸う力が落ちるはずです。
結果はこうでした。
| 指標 | ETAP群 | 比較群 |
|---|---|---|
| 努力性吸気肺活量 | −0.8 ± 5.1% | −0.9 ± 6.5% |
| 最大吸気流速 | +12.4 ± 16.2% | +17.9 ± 16.6% |
痛みのない群とほとんど変わりません。 最大吸気流速の群間差は −4.6%、標準化効果量は −0.17 で「trivial(無視できる)」でした[6]。
さらに、この説より前の1930年代に、透視法で発作中の横隔膜の動きを観察した研究があります。動きは "full and unrestricted"(十分で、制限されていない) と記録されていました[1]。
加えて理屈のうえでも弱い。ETAPは乗馬・ラクダ乗り・バイクの運転といった、呼吸需要のほとんどない活動でも起きます[1,2]。横隔膜が酸欠になる状況ではありません。そもそも健常者で、脚の筋より先に横隔膜が疲労で虚血に陥るというのは、末梢疲労より中枢疲労が先に来ることを意味してしまいます[1]。
総説の判定は明快です。"diaphragmatic ischemia is an unlikely etiology of ETAP"(横隔膜の虚血はETAPの原因としてありそうにない)[1]。
説2: 腹筋がつっている ― これも実測で消えた
こちらは直感的です。実際、ETAPを起こす人の約4人に1人が痛みを「けいれん様」と表現しています[2]。Mortonら自身、当初はこの説を有力候補として挙げていました。
そこで彼らは、痛んでいるまさにその場所に電極を貼りました[7]。
筋けいれんは、筋電図(EMG)で高い活動として明確に記録される現象です。だから測れば決着がつく。14人が発作を起こし、痛みがある間とおさまった後の両方でEMGを記録しました。
結果は、こうです。
- 発作中の患部のEMG活動: 0.20 ± 0.18 μV
- これはノイズと区別がつかない水準
- 痛みが出ても上がらず、消えても下がらなかった
- 痛みのない比較群との差もなし(p=0.89)
ここで、この実験がうまい理由があります。著者らは同じ電極で、痛みが消えた後に別の動作をさせているのです。
- 横隔膜を使う「すっ」と息を吸う動作(sniff): 8.3 ± 0.7 μV
- 腹筋の最大随意収縮: 17.5 ± 0.7 μV
電極はちゃんと機能していました。 拾えるものは拾っている。それでも痛みの最中には何も出なかった。
総説はこの結果を "convincingly discredited"(説得力をもって退けられた)と書いています[1]。わき腹の痛みは、つっているのではありません。
なお、表面電極は深層の筋を拾いにくいという限界はあります(n=14と小さいことも含めて)。ただし「腹筋がつっている」なら表層の腹斜筋・腹直筋が主役のはずで、その部位で拾えなかった意味は小さくありません。
説3: 内臓を吊る靱帯が引っぱられる ― 半分は説明できる
1920年代からあり、1951年のSinclairが広めた説です[1]。胃や肝臓は、横隔膜から下がる靱帯で吊られています。走って上下に揺さぶられると、そこに繰り返し引っぱりが生じる。
この説はかなり広い範囲を説明できます。
- 揺さぶられる競技(ランニング・乗馬)で多いこと
- 食後に起きやすいこと(胃の中身が重くなり、吊っている靱帯への負荷が増える)
- 靱帯が横隔膜に付着しているので、肩先の痛みも説明できる
- 腹部にベルトを巻くと楽になる、という報告
それでも総説は、これを結論にしていません。説明できない特徴が残るからです[1]。
- 下腹部に出るETAPを説明できない
- 水泳での多さを説明できない(揺さぶられず、しかも腹臥位)
- 大網・小網の脂肪が増えれば負荷は増えるはずなのに、BMIとも体型とも無関係[3]
- そして決定的なのが痛みの性質。靱帯は内臓の延長なので、そこから来る痛みは内臓痛になるはずです。内臓痛は典型的に鈍く、正中寄りで、場所がぼやける。ETAPは鋭く、側方で、限局している。真逆です
説4: 胃腸のトラブル ― 痛みの性質が合わない
ETAPは、しばしば「運動時の消化器症状」の一つとして分類されます。実際、持久系ランナー388人の調査では、わき腹の痛みを訴えた人は22%で、胃痛(42%)に次ぐ上位でした[8]。
しかし「消化器症状のリストに入っている」ことと「消化管が痛みの発生源である」ことは別です。
- 運動中、内臓の血流は最大80%減ります。ただし健常者で実際に腸管の虚血が観察されたのは最大運動時のみで、ETAPは低強度でも起きます[1]
- 食前に何時間も飲食していなくても起きます[1]
- そして再び痛みの性質。消化管由来の痛みは正中・びまん性・疝痛様で、しかも体をよじると楽になる傾向があります。ETAPは逆に、動きを減らすと楽になる[1]
残ったもの ― 壁側腹膜の摩擦
腹膜は、お腹の中を裏打ちしている薄い膜です。壁側腹膜は腹壁と横隔膜の裏側に貼りつく外側の層、臓側腹膜は内臓をくるむ内側の層。その間にはわずかな漿液があり、内臓が滑らかに動けるようになっています。
Mortonらは、この壁側腹膜が刺激されているのではないかと考えました[2]。理由が積み上がるからです[1]。
- 腹壁に貼りついた壁側腹膜を刺激すると、鋭く、限局した痛みが出る。ETAPの性質と一致する
- 横隔膜の裏側にある部分は横隔神経に支配され、刺激されると肩先に関連痛を出す。ETAPに肩先の痛みが伴う理由になる
- 腹膜由来の痛みは動きで増悪する。ETAPと一致する
- 壁側腹膜は腹壁全体に広がっているので、腹部のどこにでも痛みが出うることを説明できる
- 壁側腹膜は白線に沿って最も強く腹壁に固定されており、動きの余地が最も大きいのは側方。ETAPが側方に多いことと合う
- 体幹を伸ばすと腹膜の張力が増す。体幹が伸びた姿勢の競技で多いことと合う
- 子どもは成人より体格に対する腹膜の表面積が大きい。若年に多いことと合う
- 腹膜由来の痛みは刺激を取り除くとすぐ引く。走るのをやめると消えることと合う
そのうえで、なぜ摩擦が増えるのかの説明も用意されています。胃が張ることで臓側腹膜と壁側腹膜が強く押しつけられる。あるいは、あいだの漿液の量や粘性が運動で変わる。この漿液は内臓の血流から作られ、リンパへ排出されるという流動的な状態にあり、内臓の血流は運動で減ります[1]。
さらに、この漿液は血管側との浸透圧勾配に非常に敏感です。これが効いてきます ― 次の節で扱う「高浸透圧の飲み物が痛みを誘発する」という実験結果に、直接つながるからです[1]。
ただし、公平に書きます。総説の結論は "while speculative, friction on this tissue might be a plausible explanation" ― 「推測の域を出ないが、この組織の摩擦はもっともらしい説明かもしれない」です[1]。確定していません。
もう一つ、無視できない線があります。神経です。
2004年、MortonとAuneは、この痛みを持つ人の胸椎T8〜12を触診しました。すると17人中8人で、ETAPとまったく同じ痛みが再現されたのです。しかも再現された場所は、触診した神経根が支配する皮膚領域(デルマトーム)と一致していました[1]。
これと符合するのが姿勢の所見です。159人を調べた研究では、胸椎が後弯している人はETAPを起こしやすく(p<0.01)、後弯・前弯の程度は痛みの強さに影響しました(p<0.05)。一方で体型とは無関係でした[9]。
腹膜説と神経説は排他的ではありません。走行中の繰り返す体幹の動きで椎間板の高さが一時的に減り、肋間神経が圧迫されやすくなる ― という経路も、総説は挙げています[1]。
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